歯科衛生士のよみもの

kindle unlimitedで本を読み漁り、感じたことを考察していくブログです。

山下太郎物語

今回は、アラビア太郎」(2016年)を読みました。

 

 

山下太郎

 

本書は山下太郎の札幌農学校時代からアラビア石油を設立し、油田を掘り当てて大成功し、没するまでの半生が書かれており、「山下太郎物語」と言っても間違いありません。

Wikipediaには、以下のようにあります。

山下 太郎(やました たろう、1889年(明治22年)4月24日 - 1967年(昭和42年)6月9日)は、日本の実業家。その業績から「満州太郎」「アラビア太郎」「山師太郎」などと呼ばれた。

 

彼が設立したアラビア石油松下電器や日立、トヨタをも超える日本一の高収益会社となりましたが、2000年に期限を迎えたサウジアラビアとの利権契約の延長に失敗、03年にはクウェートとの利権更新もかなわず、撤退を余儀なくされてしまったみたいです。

 

 

満州太郎

 

彼が満州太郎」と呼ばれるのは、満州鉄道の社宅や周辺地域の家を450戸→2万戸→5万戸と作り、莫大な金を儲けた為です。しかし、日本が戦争に負けるのが濃厚になったころ、7億5千万円で一部を売り渡すことに成功します。山下はこのお金を全て国家へ秘密兵器開発資金として献納するつもりでしたが、終戦となってしまったため、国立大学に寄付する手筈でした。しかし、預金通帳だけは何とか手に入れはしたものの、ついに現金に変えることはできませんでした。57歳の山下太郎は無一文となり、会社も失業状態となったそうです。

 

 

ドキドキの石油採掘

 

その後10年ほどは先の見通しの立たない状況が続きますが、八幡製鉄所の社宅を皮切りに、企業の社宅建設を請け負い息を吹き返します。石油に対して並々ならぬ情熱を持っていた山下は、インドネシアサウジアラビアで石油の利権を得ようとするも、交渉は成立しません。

さらに10年後、サウジアラビア政府より石油利権の話が来て、交渉を担当する日本の実業家として山下太郎の名前が出ました。この時彼の年齢は69歳です。普通なら隠居生活を楽しむ年ですが、札幌農学校で培ったクラーク博士の精神と我が国の発展には絶対に石油が必要だという信念から、イチかバチかの賭けに挑みます

この辺りの話は本書の後半を読んでいただきたいのですが、サウジアラビアとの交渉、クエートとの交渉、そして、必要な資金は集まるのか?本当に石油は出るのか?手に汗握るドキドキの展開が繰り広げられます。映画でも見ている気持ちになりました。

 

 

イランの石油

 

さて、本書を読んであぁ~と唸ったのが、過去記事中東で何が起きている?で学んだイランとの関係についてです。

 

ddh-book.hatenablog.com

 

本書にちらっと出てきたのですが、昭和26年にイランが石油国有化を宣言し、その報復措置としてイラン石油の不買が起きた際、日本の出光佐三が日章丸というタンカーを仕立てて24,000トンの石油を買い取ったそうです。それから中東諸国には日本人への信頼感が生まれたのだということでした。

今回の石油利権に関して、サウジアラビアとしては英米ではなく是非日本にという気持ちがあったというのは言うまでもありません。

 

 

山下太郎の母

 

また、日本人がアラブで石油を掘り当てるという偉業を成し遂げた山下太郎ですが、その母についての記述も少しだけ出てきます。

従兄の熊太郎が山下太郎と相撲(角力)をとり熊太郎が勝つと、母が飛んできて、今度は太郎を勝たせます。太郎がドジョウをすくいにいくと、何故か沢山取れたそうなのですが、こっそり母が上流でドジョウを流していたということでした。そのため、山下太郎は自分は他の子どもと違って、強くて運がいい生まれつきで、願ったことは叶わないことはないという信念を持つようになったのだそうです。

山下太郎の何度失敗しても再起する、自分は必ず成功するという確信は、母の子育てから来ているのだと分かりました。

 

 

まとめ

 

このような日本人がいたとは、全く知りませんでした。彼は著明な政治家や財界人で知らない人はいないというほど顔が広く、気前の良い人だったようです。妻や子どもにとって良い父ではなかったかも知れませんが、大志を抱いて日本のために突き進んだ人生だったのではないかと思いました。

山下太郎の母の子育ては参考にしたいと思ったのですが、うちは双子なのでどっちかが勝つと必ずどっちかは負けるという訳で、、なかなか難しいですね。

 

去年の11月23日が初投稿なので、ブログ投稿を始めてからちょうど1年が経ちました。こんなに書けるとは思っていなかったので、自分でも驚いています。これからもジャンルを問わず本を読み漁って、考えたことを書き残していければと思います。時々読んでくださる方もいて、とても嬉しいです。まだまだ書き続けますので、これからもどうぞよろしくお願いしますm(__)m