今回は、「乱読のセレンディピティ」(2016年)「いつか必ず死ぬのになぜ君は生きるのか」(2022年)を読みました。
ぺにょは、いつもKindle Unlimitedの本を2.3倍速で音声再生して読んでいます。そして、とりあえずなんでも読む乱読派です。
今回、本書を読んで、乱読について考えたので、まとめたいと思います。
「乱読」の著者さんは、タイトルの通り、乱読をすすめます。何度も反芻して、本に書き込みながら、読書ノートを書きながら、といった本の読み方に対して、ノートはとらない(忘れるということは重要ではない)、速読を身につけることを推奨しています。
風のように読むのがおもしろい
私もどちらかというとこっちなので、ちょっと嬉しく、安心もしました。ブログは、頭(心)に残ったことを、もう一度調べつつ書いています。

読む側があらかじめ知識をもっているときの読み方である「アルファー読み」と、内容、意味がわからない文章の読み方「ベータ読み」についての説明も面白かったです。
アルファー読みは基本的な読み方ではあるが、これだけではモノが読めるようになったとは言えない。読むものの知らないことが書いてあると、とたんにお手上げになる。どうしてもベーター読みができるようにならないといけない。その読みを教えることが至難で、これまで、どこの国でも成功しているところはないと言ってよい。
日本の学校は早々と、ベーター読みをあきらめた。その代わりに、アルファー読みでも、ベーター読みでもわかる、物語、文学作品を読ませた。
(中略)
文学的読み方では、新聞の社説すら読めない。高度の読み、ベーター読みを学校で学ぶことはできないが、学校自体、そのことをよく考えない。
ちょっと長い引用になってしまいましたが、これは面白い視点です。この昔の人は、日本ではいきなり漢文を、ヨーロッパではラテン語を読ませることでベータ読みを教えたそうです。
そして、アルファー読みだけでは乱読はできても解読はできないため、乱読ができるのはベータ読みができる人だということでした。

一方、「いつか必ず死ぬのに」の著者である立花隆氏は、「知の巨人」と呼ばれ、月刊『文藝春秋』に掲載された「田中角栄研究─その金脈と人脈」を書いた人物です。これにより、田中角栄は総理辞任に追い込まれています。
その著者さんも速読を身につけろと言っていて、20代、30代で蓄積した知識の質と量が、その人のその後の人生にとって決定的に重要である、と述べています。
そして、ソクラテス自身が自分はそれほど賢い人間であるとは、夢にも考えていなかったように、自身の基本的姿勢もソクラテスから変わらないと述べます。つまり、過去記事「無知の知」であり、いつも自分を「無知なる者」の立場に置き、「知ある者」にその知の内容を問いただすという形式で取材していたということです。乱読の姿勢も、基本こちらですよね。
「勝ち組」「負け組」という分類法は間違いである。「社会的成功ゲームの勝ち組・負け組」と「人生の勝ち組・負け組」は一致しないどころか、実はしばしば相反する。だから、勝ち組、負け組について語ろうとするなら、まずそれがいかなるゲームにおける勝ち組、負け組なのかを定義してから語るべきである。
とも述べ、永遠のトップ集団内自己維持願望をどこかで捨てて、勝ち負けのゲームからいち早く脱する必要性も解きます。
これは、自己顕示欲とか承認欲求ですよね。このような我欲から抜け出すことのできる人だから、「知の巨人」になったのだな、と納得しました。
読書関係の本では、じっくり読む派と乱読派に分かれます。私は乱読派なので、そんな本すら「風のように」読む訳ですが、分からない文章でも、最後まで読めばおおまかな意味は分かるし、気になった(記憶に残った)ことはもう一度読み直して、ブログにすればしっかりと理解できるんですよね。
そんな自分の読書観を認められた感じがして、ちょっと自信がアップした本でした。
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