歯科衛生士のよみもの

kindle unlimitedで本を読み漁り、感じたことを考察していくブログです。

龍樹の中論

今回は、龍樹『中論』令和現代語訳(2025年)を読みました。

 

 

龍樹といえば、過去記事「インドの佐々井親分」の夢に出てきてお告げをした人物で、どんな人だったのだろう?とずっと気になっていたんですよね。

 

ddh-book.hatenablog.com

 

本書は、お弟子さん(青目)が龍樹菩薩の教えを4巻にまとめているのですが、長い!!とにかく長い本で、速音読(2.3倍速)の私でも読破に4日くらいかかりました。そして、内容はもはや哲学。難解ですが、とても奥深い内容だったので、ご紹介します。

 

 

中論

中論とは、大乗仏教の根幹となる論書で、 あらゆる事象は相互依存(縁起)によって成り立っており、固定的な実体を持たない「空」であることを論じ、有無の極端を避ける「中道」を説いています。

如来が出てくるのですが、如来は、自力で涅槃に到達できない凡夫(普通の人)を、自身の力(他力)で浄土へ連れていき、そこで涅槃に到達させてくれる存在です。

しかし、原始仏教には出てきませんし、禅宗を伝えた達磨大師とも対立する考えになります。

 

 

一切皆空

 

本書では、龍樹の根本的な立場である「縁起と空」の論理について、ずーっと説明しています。とても論理的で、じっくりと読むと、より理解できると思いました。

作者が実体として存在しないならば、その行為、結果そしてそれを受ける者もまた、連鎖的に実体性を失う。私たちが「作者」と呼んでいるのは、五蘊(物質と精神の集合体)に仮に与えられた名前に過ぎず、そこに固定的な実体はない。その仮の作者が行うとされる行為も、その結果も、全ては実体のない空なるものである、といった具合で、繰り返し様々なことを取り上げて説明していきます。

 

 

問答形式

 

また、印象的だったのは、問答を使った部分です。4巻あたりかな?二元論に陥っている人物が、龍樹にAとは言えないのではないか?どうしてBだと言えるのか?と批判したり問い詰めたりするのですが、龍樹がことごとく論破します。

こんな部分も、まるでソクラテス式問答のようだと感じましたし、仏教というのは哲学だなと思いました。

 

 

如来と涅槃

如来と涅槃について掘り下げてみましょう。

涅槃は如来(仏)と不可分であり、如来の存在を離れて涅槃を語ることはできず、また涅槃を特定の時間、場所、法によって定義することも不可能であるとします。結論として、涅槃はあらゆる言葉や概念による探求(相を求めること)を超えたものであることを強調しています。

つまり、涅槃と仏はセットです。悟ったから涅槃にあるのであり、涅槃であるから仏ということですね。

世間とは、五蘊(五陰)が因縁によって連続し変化していく様を指します。しかし、その五蘊の本質は究極的に「空」であり、執着から離れた寂滅の状態です(これは既に論じられた)。そして、一切の法が本質的に不生不滅(空)であるならば、迷いの世間も悟りの涅槃も、その根底においては区別がない、という論理です。

また、涅槃はどこか別の世界へ行くことではなく、「この現実をどう見るか」という認識の変容を指します。現実がそのまま空であると悟れば、そのまま悟りの場となるということになります。

 

 

まとめ

 

すごく、すごく長いんですけど、とても考えさせられる内容で、私がお坊さんなら毎日噛み締めるように読んだだろうと思います。(私はお坊さんではないので、時々AIに質問しながら読みましたw)

これが1800年も前に書かれているというのに驚くばかりです。原典に触れるというのは、本当に良い経験ですね。現代語訳して、unlimitedでアップくれて、もう感謝しかありません!

 

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