今回は、「日本の企業家11安藤百福 世界的な新産業を創造したイノベーター」(2017年)を読みました。
はい、過去記事「偉人達のどん底」で読んだ偉人の一人ですね。大雑把な人生の浮き沈みのことは知っていましたが、彼の発明やチキンラーメンの裏側について学んだのでまとめたいと思います。
過去記事「偉人達のどん底」でも学んだ通り、安藤百福がチキンラーメンを発明したのは、48歳。すべての財産を失い、貸家だけになってしまった後になります。本書を読むと、それまでにも様々な事業に挑戦していたことが分かりました。繊維会社を立ち上げたり、幻灯機の製造、バラック住宅の製造、炭焼き、製塩業というように、多様な仕事に携わっています。そして、それらすべての経験がなければ、チキンラーメンは生まれなかったと言っているのも、大変興味深い話だなと思いました。
特に戦後の食に苦労した頃の経験、1杯のラーメンを求めて冬の屋台に並ぶ行列、GHQから払い下げられた小麦による粉食の推奨、なぜ麺類を加えないのかと厚生省の有本栄養課長に詰め寄った時の「あなたが研究したらどうですか」という一言、無一文になってやりたいことをなんでも自由にできる時間。生き物の根本である「食」の創造をする、もって世の為に尽くすという「食創為世」という言葉が脳裏に棲み付いたということでした。
インスタントラーメンというと、「身体に悪い」というイメージがありますが、国立栄養研究所の所長になっていた有本邦太郎氏に栄養分析を依頼したところ、コラーゲンをはじめとしたさまざまな栄養成分が含まれていることが分かったそうです。厚生省はチキンラーメンを「妊産婦の健康食品」として推奨していたというのだから驚きです。安藤百福自身も、「週2回のゴルフと毎日お昼に欠かさず食べるチキンラーメン」が健康の秘訣だと言っており、満96歳で亡くなるまで毎日チキンラーメンを食べていたそうですよ。
チキンラーメンは、安藤百福自身が開発していて、最初は家族全員で協力して作っていました。1日に400食作るのが精いっぱいだったそうです。大阪と横浜にある記念館(カップヌードルミュージアム)では、安藤百福が開発した当時の掘っ立て小屋の様子や実際にチキンラーメンを自分で手作りすることができるそうです。
また、カップヌードルは日清食品のメンバーで作ったそうです。有名な麺をさかさまに容器に入れるといったアイディアは安藤百福によりますが、謎肉とか、フリーズドライしたエビやたまごなどなど、社員の苦労話というのも記念館を訪れると見れるようです。一度は行ってみたいですね~
特許や日本ラーメン工業協会にまつわる苦労話も、カップヌードルではチキンラーメンの時のような泥沼にならないよう手を打ち、様々な点で進化したラーメンになっていたんだなと思いました。
安藤百福が96歳までチキンラーメンを食べていたというのを知って、ラーメンってそこまで体に悪いものではないかもしれないと思いました。製法を知るというのも大事ですね。うちの息子が本当にラーメン大好きで、ゲッターズ飯田の占いでもラーメンの食べ過ぎに注意と書かれていて(笑)どうしたものかと思っていたのですが、チキンラーメンにしなと言えますね。ちなみに、我が家の常備ラーメンは赤龍です。災害時に食べたいラーメン第一位ということで、常に5~10袋はストックしています。めちゃくちゃおいしいので、食べたことない方はぜひ食べてみてください☆
安藤百福は、あまり自身の経営論みたいなものは残していないそうですが、明確な目標設定とそれに突き進む情熱(執着?)がものすごい人だったんだなということが分かりました。
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