歯科衛生士のよみもの

kindle unlimitedで本を読み漁り、感じたことを考察していくブログです。

偉人達のどん底

今回は、今日は人生最悪で最高の日 1秒で世界を変えるたったひとつの方法(2024年)を読みました。

 

 

この著者さんの本は、いつも心に響きます。今回は、様々な偉人を取り上げ、それぞれ、もう立ち上がれないというどん底を乗り越えてきているという話をまとめた本です。特に、この人の伝記を読みたいと思った人物をまとめたいと思います。

 

 

安藤百福は、チキンラーメンの生みの親です。私も大好きです、チキンラーメン。年に1回は、無性に食べたくなります。

さて、彼は生まれてすぐに父親が他界し、母親も他界してしまったそうです。大人になってからも、軍事物資を横流ししたとあらぬ疑いをかけられて憲兵隊から拷問を受け、さらに脱税容疑で戦犯と一緒に監獄に入れられたそうです。もちろん無実です。41歳の時には担ぎ出されて信用組合の理事長を務めることになり、責任をとらされて全財産を失ってしまったそうです。

「ドン底に落ちたとき、『これより下はない』と思い定めると、覚悟ができてラクになる。そして、不思議と力が湧いてくる」

ということで、戦後の焼け野原で、一杯のラーメンがみんなを笑顔にしたことを思い出し、ラーメン開発を始めます。

「開発の五原則」

1.おいしくて、飽きがこない味にする

2.保存ができるラーメンにする

3.便利であること。簡単に調理できるようにする

4.安価であること

5.安全で衛生的なものにする

百福は、毎日、朝5時から小屋にこもり、夜中の1時、2時まで研究。睡眠は平均4時間で、丸1年、休むことなくラーメン作りに明け暮れたそうです。インスタントラーメンの製法特許ともなった「瞬間油熱乾燥法」は、百福が開発した手法になります。

彼の人生は、百福ならぬ百難だったとも言えますね。

 

 

 

言わずと知れた『ONE PIECE』の作者さんです。熊本には銅像があちこちにありますよ。連載の開始は1997年で、彼が22歳のときです。私は、若くして才能のある漫画家さんなんだとしか思っていませんでした。

彼は17歳の時に短編マンガが手塚賞の準入選に選ばれ、担当編集者がついて上京したそうです。ところが、数年間、ネームを提出しても全然通らないという時期を経験します。ついに気力が果てて、自分の才能のなさに絶望し、倒れて1週間も体が動かなくなってしまったそうです。そんな時、担当編集者の「こんなに頑張って報われなかったヤツを、俺はいままで見たことがない」という言葉に泣き崩れ、気力が湧き上がってきたそうです。

ものすごい努力家だったことを知りましたし、作品の中にも頑張って頑張って報われるという世界観や誰かの一言で気力が沸き上がるというようなシーンが多いのも納得だなと思いました。

 

 

野村望東尼

野村望東尼こと浦野もとは、武家の家に生まれ、17歳で格上の家に嫁ぎます。しかし、夫が使用人と浮気し、半年で離婚。24歳で野村貞貫(当時36歳)と再婚し、妊娠するものの、4人連続で夭折(年若いまま死ぬこと)してしまいます。しかも、出産翌日に冷たくなっていたそうです。連れ子として3人の男の子がいましたが、長男は夭折、次男17歳で腹を切り自殺、三男13歳、四男11歳も全員もとよりも先に病気で亡くなってしまいます。

そんなもとを支え続けた夫の貞貫でさえも、病気で亡くなり、54歳で一人となった彼女は尼になり、「望東禅尼」と名乗ります。幕末の京都で時代が動きはじめていると感じた望東尼は、平尾山荘を隠れ家として、志士たちを匿う活動を始めます。

のちの高杉晋作、谷梅之助を匿った翌年、志士たちを擁護した罪で、60歳という老齢の身で玄界灘の姫島に島流しとなり、10ヶ月を板敷にゴザが敷かれているだけの牢獄で過ごします。牢屋の柱に以下のような歌を残しています。

またここに 住みなむ人よ 堪えがたく うしと思うは 二十日ばかりぞ

谷梅之助(高杉晋作)率いる6人の救出メンバーに助け出され、徳川幕府が終焉を迎えた翌月、「春が来た」と和歌を残し天寿を全うしたということでした。

 

 

まとめ

 

他にも出光佐三の話や東京タワーの話など、みんなどん底から必死で這い上がってきた話が満載で、とても元気が出る話ばかりでしたよ。これらの偉人の話は、本を探してもっと読んでみたいと思います。

もう、どん底だと思った時は本書の話を思い出して、これは、もしかしたら、幸運の前触れかも知れない、もうすぐ最高の日が来ると思えるといいなと思いました。