今回、「日本とユダヤの古代史&世界史ー縄文・神話から続く日本建国の真実ー」(2023年)を読みました。
古代日本にユダヤ人が来ていたのでは?という話は、「アマテラスの暗号」で聞きかじっていましたが、1度だけではなく、何度も日本に渡来し、定住して日本人になっていったのではという話が興味深かったので、まとめたいと思います。
過去記事「古事記」でも学んだスサノオですが、彼はユダヤ人であり、スサノオという人物とその一族が、日本に来た最初のユダヤ人グループといえるということでした。
著者さん(本書は対談本です)は、出雲国が国譲りをするまでは、ユダヤ系日本人を中心とした渡来人が、出雲を中心に活動していたと考えているそうです。『旧約聖書』に出てくる預言者モーセが、仲間たちを引き連れてエジプトを脱出、カナンの地(現在のイスラエル周辺)に行くという時期は紀元前13世紀頃。その時、死の直前のモーセの言葉をまとめた本『申命記』には、「あなたを散らす」つまり、ユダヤ人たちが各国に離散していくことが書かれているそうです。
確かに、温和な縄文人のイメージからはかけ離れた、気性の荒い神様ではあります。
また、古事記のブレイン役だった稗田阿礼も渡来系のユダヤ人だと考えられるそうです。ユダヤ民族の歴史や、古代ギリシャ神話のことも知っていて、日本人の歴史に組み込んで語っているということでした。
例えば、三種の神器。これは過去記事「アマテラスの暗号」でも取り上げましたね。縄文時代の遺跡からは剣は出てきません。しかし、ヤマタノオロチの体内から剣が出てきたという話は隠喩、つまり外から来た人たちが持ってきたのではないかということでした。
モーセの十戒が書かれた石板を収めた箱は「契約の箱」と呼ばれていますが、御神輿にそっくりだし、「わっしょい」という言葉は「神が来た」という意味のヘブライ語、古代人の髪型や天狗や山法師が頭にのせている帽子もユダヤ教徒がかぶる帽子にそっくりなどなど、本書ではユダヤ人との共通点がたくさん出てきます。

太安万侶もユダヤ人だということですが、こちらは墓が見つかっていますので、DNA鑑定とかで分かるんじゃないでしょうかね?
秦河勝は聖徳太子の側近ですが、著者さん曰く、彼もユダヤ系渡来人だそうです。最初のユダヤ人から200~300年経っています。コメのDNA研究によると、東南アジア→長江流域→日本列島へと伝来しており、水田の技術やコメの醸造法はユダヤ人商人が伝えたのではないかということでした。
雄略天皇の時代には、秦酒公(はたのさけのきみ)という人物がおり、各地に分散してしまっていた秦氏の民を束ね直すことを許され、そのお礼に絹などを朝廷に送ります。それがうず高く積まれたことから「うつまさ」の姓を賜り、京都の「太秦(うずまさ)」の地名となったそうです。他にも、「畑」「機織り」も秦氏由来なのだということでした。
本書によると、一神教であるユダヤ教は何度も日本に入ってきていますが、日本では定着しませんでした。それどころか、ユダヤ教徒が自身の神を捨て、土地をもらって定住し、日本人と同化しています。
ユダヤ人は世界各地に散らばり、その地で大金持ちになったり、迫害されたりしましたが、厳格なユダヤ教徒もいるし、戒律に寛容なユダヤ教徒もいるようです。イスラエル政府が定めるユダヤ人の定義は、
だそうですが、大昔に日本に来たユダヤ人が一神教を捨てて、日本の天皇に仕えたかもしれないというのは、思い切った判断だったんだと思います。
大昔の話なので、何が正しいのか、本当のところは分かりませんが、ユダヤ人、ユダヤ教というのは遠い遠い異国の話ではないかもしれないというのには、ロマンを感じました。過去記事「コンフォートゾーンを飛び出そう」では、3万年前のサピエンス日本上陸について読みましたが、本当に苦難の旅だったのだと思います。
ユダヤ人は約束の地を探して世界中に散らばったということですが、イスラエルも建国されたことですし、そこで平和に過ごせたらいいんですけどね…
