今回は、「ヒッタイト帝国「鉄の王国」の実像」(2023年)を読みました。
ヒッタイトと言えば、藤原千絵先生の「天は赤い河のほとり」を思い出します。
藤原先生のマンガは、本当にどれも大好きで、「青の封印」「海の闇月の影」などなど、よく読んでました~(>_<) とにかく、手の描写がきれいで大好きだったのを思い出します。(確か、今も連載されていますよ)
さてさて、「天は赤い河のほとり」でも、鉄製法について主人公たちが手に入れるシーンがあるのですが、考古学的に鉄はどこで生まれたのか?というのが気になったので、まとめたいと思います。
日本語の文献では、「鉄と軽戦車(チャリオット)を駆使して古代オリエントの大国になった」と書かれているそうですが、ボアズキョイで発掘された楔形文字の粘土板がその大元となっているようです。
「あなたがお書きになった『良質の鉄』についてですが、キズワトナにある私の『封印の家』には、『良質の鉄』がありません。今は『良質の鉄』を生産するには良くない時期なのです。彼らは鉄を生産していますが、まだできていません。でき次第あなたにお送りします。今は鉄剣一振りを送らせていただきます」
これは、ヒッタイト王ハットゥシリ三世がアッシリアの王に送った書簡(の写し)だということです。ヒッタイトの先住民であるハッティ人の時代に隕鉄(隕石)を利用した世界最古級の鉄剣も見つかっていることから、「製鉄の発祥の地」というイメージが出来上がったということでした。

残念なことに、ヒッタイト帝国時代の層から鉄製品はほぼ出土していないそうです。同時代のエジプトツタンカーメン王の墓から出土した鉄製品は、隕鉄で作られていることが判明しており、鉄器が日常的に使われ始めるのは、鉄器時代に入ってからだいぶ経った紀元前八世紀以降だろうということでした。つまり、ヒッタイト帝国は、まぎれもなく「青銅器時代」の帝国だったということです。
う~ん、なんだか残念です。

エジプトの戦車は二人乗り(御者と射手)かつ車軸が車体の最後部についているのに対して、ヒッタイトの戦車は三人乗り(御者、槍を持つ戦士、盾持ち)で車軸が車体中央下部についているそうです。「天は赤い河のほとり」でも戦車の話は同様で、これは、鉄製法を得て、車軸を鉄で作ったから…ヒッタイトの戦車には3人乗れて強かった…という話だったのですが、鉄ではなかったのですね(T_T)
鉄というのは、炭素を加えて鋼としなければ利器としては使用できないということで、カールム時代(紀元前20世紀頃)のものでも焼き入れや折り返しを経ておらず、かなり脆い代物だったようです。
鉄器時代がいつ、どこで、どのように、どうして始まったのかは、なお不明といわざるを得ない。
これまでの調査では、鉄器時代最初の鉄器(ナイフ)はキプロス島やパレスチナ(イスラエル)に最も集中していますが、南コーカサスや北シリアなどでも実用的な鉄器が発見されているようです。ここら辺は、発掘が進めば、何かわかってくるのかもしれませんね。
本書を読みながら、この地名!この名前!というのが何度も出てきて、改めて藤原先生のすごさを思い知りました。そして、ザナンザ!!ムルシリ二世の弟なのですが、史実でもエジプトから、新しいエジプト王になるために、王妃ダハムンズ(アンケセナーメンと同一人物か)の夫として王子の派遣を要請され、ザナンザがエジプトに送られていて、案の定、殺されているというのには驚きました。確か、マンガではエジプトに行くザナンザをユーリ(主人公)が見送りしていたと思います。ザナンザ~やっぱり!と思ってしまいました。
紛争も多い地域なので、なかなか発掘作業も難しいのかなと思いますが、鉄製法の新しい情報が入るのを、楽しみに待ちたいと思います。

