なんと、今回は投稿500回目になります!!ブログを始めた当初はこんなに続くとは思ってもいませんでしたが、続くもんですね〜そして、面白い本、勉強になる本は尽きないですね〜。まだまだ筆(指?)が止まることはなさそうです。
さて、今回は「人は感情によって進化した 人類を生き残らせた心の仕組み」(2011年)を読みました。
人類が生き延びる過程でどのようにして感情が必要だったのかを学べたので、特に面白いと思った感情をまとめたいと思います。
人間は進化の過程で、「感情」を生きのびるのに必要な機能として積み上げていったのだそうです。本書では、歴史的由来に基づいて野生の心(ジャングル由来の心、草原由来の心)と文明の心に分けて論じています。「ジャングル由来の野生の心」は、チンパンジーをイメージするとよいと思います。そして、人類とチンパンジーの共通祖先が分岐したあとに形成された感情が「草原由来の野生の心」になります。草原では100人程度の集団を形成し、狩猟採集の生活をしていました。
過去記事「朝食は食べる?食べない?」でも、狩猟採集時代の生活を参考に食事について論じていましたね。
私たちは、狩猟採集社会にふさわしい感情を身につけたまま、文明社会を生きており、昔や役に立っていたけれど、今ではかえって自分自身を苦しめている感情もあるかもしれません。

「怒り」は「ジャングル由来の野生の心」になります。もし怒りがなかったなら、私たちの祖先は協力集団を維持できなかったと考えられます。チンパンジーの威嚇も人間の怒りと似た感情であり、上下関係の確立と確認が目的になります。
そして、サルの実験では、威嚇に対して「おびえ顔」であれば攻撃されず、餌を拾うことができました。つまり、「怒り→おびえ」という心理的対応によって、上下関係を確立しているということです。

草原で暮らしていた頃、狩猟採集時代の人間は、山分け主義によって集団内のいさかいを減らしました。そうなると、集団同士での競争が起こり、弱肉強食となります。獲物をとる力が強い「集団」が生き残るということです。さらに、山分け主義ではタダ乗りの横行が問題となります。しかし、タダ乗りに対する「罪悪感」がメンバーすべてにあれば、タダ乗りを未然に防止できます。
そして、集団の人数が増えてくると、家族間の「愛情」ではなく、他人同士を結びつける「友情」という感情が必要になります。友情は、「義理人情」や「恩」といった献身に対して献身でこたえようとする心の動きを生み出しました。
「怒り」による支配だけの集団よりも、「罪悪感」や「義理」の心を持つ集団のほうが弱肉強食の狩猟採集社会で生き残ってきたということです。

「嫉妬」や「後悔」も草原由来の野生の心であると考えられます。配偶者の嫉妬には、嫉妬感情をいだくことで自分の子孫を反映させるという役割がありました。(詳しくは、本書を読んでくださいね!)そして、「嫉妬→罪悪感」という関係性が成立してはじめて効果が発揮されます。
「嫉妬」は他者に向けられるのに対して、「後悔」は自分に向けられる感情ですね。損をしたとき、「後悔」して何らかの行動を起こす態度が生き残りには重要だったそうです。集団内で自分が期待した配分がなされなかったとき、その分に固執する感情があれば、再配分されるかもしれませんよね。つまり「後悔」の感情を持つ個体が生き残り、私たちの祖先となったということです。

狩猟採集集団において、協力の成果をあげるには、適材適所が最も効率的です。その適材適所を実現するためには、集団の各メンバーが得意な技能や作業の好みを表明する必要がありました。今日まで生き残った私たちには、こうした「自己呈示欲求」があってしかるべきだと考えられるそうです。
さらに、自己呈示が受け入れられ、その集団のメンバーとして「認められる」ことで集団に貢献したと言えます。つまり「自己呈示→承認」という関係が認められます。狩猟採集時代には、集団に認められるかどうかは死活問題だったわけで、現代のわたしたちが何としても認められたいという強い「承認欲求」をもつのもうなづけますよね。
本書の話は、本当に面白くて、参考になりました。著者さんも言うように、私たちは「勝者の末裔」であり、生き残るための多くの心を持っています。そして、その心がすべて現代の文明社会に役立っているとは言えないというのもよく理解できました。
本書を読むことで、コンビニで怒鳴っているおじさんとおびえるコンビニ店員を見たら、絶対チンパンジーに見えると思います。また、進化という視点でものを考えると、自分はもっと文明人であろうという気持ちが芽生え、自分の感情をより客観的に観察できるようになるなと思いました。
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