今回は、「データ管理は私たちを幸福にするか?~自己追跡(セルフトラッキング)の倫理学~」(2022年)を読みました。
本書を読んで、セルフトラッキング技術が過去記事「1984」みたいな管理社会になっていくのではなく、うまく利用し、より良い人間生活が送れる技術なのかもしれないという話に共感したので、まとめたいと思います。

スマートフォンなどのデバイスを用いて、自身の体調やタスクの進捗状況などを記録・分析し、自己理解や行動改善につなげる活動のことです。私も一時期Apple Watchを使っていましたが、歩数や睡眠、走る時の距離や心拍数をよく確認していました。(間違って洗濯してしまい、うごかなくなりましたToT)自分のデータを取るだけじゃなく、家族や友人と共有するっていうのも最近は多いですよね。
マイナンバーカードもそうですけど、みんなが不安になるところっていうのがあります。本書にも整理してあるので、以下に示すと、
- 新自由主義化
公平・社会的な支援や解決策を阻害し、個人的に責任を取ることを推奨する、新自由主義的な価値観や政策を反映したものに過ぎない - 測定-管理化
トラッキング技術によって集められるデータは、予め設定した対象・項目を計測するものであって、一部でしかない。私たちはしばしば数値やデータを計測対象のすべてだと錯覚したり、唯一無二の事実と誤解するし、その指標のみを通じて管理される可能性がある - 交換-互酬化
恋愛関係や夫婦関係といった親密な関係でさえ、「測定-管理化」のもとで貢献を量的に測られたり、見返りを条件とする「交換-互酬化」にさらされると、欺瞞的(ぎまんてき)なものになってしまうかもしれない - 市場-商品化
収集した情報(個人を特定できるデータを含む)が企業に蓄積され、ビジネスへと転用される懸念 - 依存-能力退化
次々に開発される便利なツールの使用は、私たちの能力の維持とトレードオフの関係にあるかもしれない
ということでした。
確かに、「ジャーニー型のビジネス」でも中国の管理社会のことを学びましたし、Googleに情報を抜かれてると言われても、今更手を切ることはできませんよね。
さて、ここで問題になるのが、「人間は常に正しい選択をすることができるのか?」ということです。過去記事「不自由な脳」で学んだように、適切な手助けがあれば仕事もできるが、なければパニックに陥ってしまうという人もいます。
私だって、甘いものは食べないほうがいいとわかっていても、ついつい食べてしまうし、今日は暑いから走るのはやめとこうとついついなってしまいます。こんな不完全な私に、AppleWatchが「長時間座っていますよ、立ち上がって歩きましょう」と言ってくれるだけで、「ああ、そうか。トイレにでも行くか」と気付けるセルフトラッキング技術は大変有用だったよなと思います。
私たちの能力を「代替」するウェイファインディングは、判断が技術により精緻になる可能性を高めます。対話を通じて反省を促し、対話者が有徳な存在者に自力で到達するのを手助けしたようなソクラテスのように、ユーザーの能力を開発するようなAI(ソクラテスAI)というようなものです。そこまで複雑ではなくても、ASDの人向けの過集中お知らせや、過去記事「頑張れない非行少年」のような人向けの怒り検知&ひろゆきAI(適切な言葉で(本人の代わりに)相手に言い返す・説明するand相手の言葉に隠された意味をこっそり教えてくれる)というのもいいんじゃないかなと思いました。
もちろん、私も管理・監視される未来を望むわけではありません。しかし、本書を読んでセルフトラッキング技術は一般人だけでなく、社会的弱者と呼ばれる人の大きな助けになる技術ではないかと思いました。機械の良いところは、何度罵倒され、暴言を吐かれても病まないし、同じことを何度でも、嫌な顔ひとつせず教えてくれるところです。このような点で、人類を救う手助けになると思います。人々が幸せになるようなセルフトラッキングであれば、その発展を大いに歓迎したいですね。
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