今回は、「住友を破壊した男 伊庭貞剛伝」(2019年)を読みました。
前知識なしで読み始めたので、現代の三井住友銀行の広報部員話から、いきなり江戸時代の話になり、??と頭に疑問を浮かべながら読みました。伊庭貞剛(いば ていごう)という、住友グループが現代にまで反映する礎を作った男の話しで、知らなかったので、まとめたいと思います。
伊庭貞剛とは、「住友中興の祖」とも言われる二代目の住友家総理事だった人物です。一代目は叔父の宰平で、銅山役人などから教えを乞い、独学し、学問を修め、たった11歳で勘定場という銅山経営の中枢で働いていたという、切れ者です。

貞剛は、代官の子息でしたが、老いた行商の老人のために道を譲り、時には彼らの荷を担いでやることさえある心優しい若者でした。母親からは決して嘘をついてはならないと言われて育ったようです。
幕府による太平の世から激動の世に変わりつつある中、貞剛は長男にも関わらず、母親に「国のために尽くしたい、50歳になるまで戻りません」と言って家を出ました。色々あって(はしょりすぎ笑)、大政奉還の後は、函館裁判所で働きます。
その後、叔父の熱心な勧めで、住友に入社した貞剛は、みるみる頭角を表します。そんな時起きたのが、銅の精製に伴う煙害問題です。銅の抽出には大量の薪や石炭が必要で、亜硫酸ガスを含む煙のせいで山は禿山となり、農作物も育たなくなっていました。樹木を失った山は大雨で崩れやすく、住民から幾度となく訴えが上がっていたものの、住友は山や周辺の土地を買い上げ、黙らせるという手法をとって、訴えを無視していました。

銅の採掘・精製はやめられない、住民の訴えは強まるばかりという中、自ら手を挙げ対策に乗り出したのが貞剛でした。
おりしも、足尾銅山での鉱毒被害が大きな問題となっていた頃です。
別子銅山の支配人となった貞剛は、自らの足で銅山を歩き、坑夫の生活や周辺にすむ住民の訴えを聴いて歩きました。そして、山に木を植え、銅の精製を海上の島で行うという考えに至ります。しかし、会長である叔父からは猛反発にあいました。
しかし、貞剛は、百年、二百年という日本の未来を見据えていました。住友を破壊するという決死の覚悟で叔父に依願解雇を迫り、辞任させます。
一企業の利益よりも、国家社会の利益、自然との共生などを優先するという考え方のもと、銀行を設立するなど事業を拡大していったということです。
「事業の進歩発達に最も害するものは、青年の過失ではなく、老人の跋扈である。」
これは、貞剛の言葉です。そして、貞剛自身も58歳で引退し、40代の後任に後を譲っています。
本書ではそこまで語られてはいませんが、相当老害に苦しんだ人なんじゃないかなと思います。私も60歳を過ぎたら「長」と呼ばれる仕事はしてはいけないとずっと思っていて、もし、どうしてもそうせざるを得ないのなら、若い人の隠れ蓑という立場に徹しようと考えてましたので、すごくよく分かります。まぁ、雇われる仕事すら無理で、やめてしまいましたけど(笑)
本書では貞剛を中心に書かれており、美化もされていると思います。銅の精製を四阪島に移しても、亜硫酸ガスは海に吸収されず、沿岸地域に被害が出たそうで、貞剛退任後、何十年もかけて解決したそうです。また、住友の礎を作ったと言っても、戦後の財閥解体では、また別の誰かが尽力したものと思います。
しかし、誰にでも分け隔てなく親切に接し、話を聴くこと、一企業の利益よりも、国家社会の利益、自然との共生などを優先することは、企業の理念にも深く浸透しているのだろうと思いました。住友グループへの就職を考えている人は、HPで企業研究するのも良いですが、本書を一度読んでみることをおすすめします。
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