今回は、「縁切り寺の和尚が教える 死ぬな 命ある限り生きろ~!~悪縁を切ることから始める幸せのご縁~」(2025年)を読みました。
著者さんはもともとお寺の息子だったのですが、寺が焼失し、高校一年生でお寺と縁切りして東京に出て行ったそうです。しかし時がたち、自宅の寺の再建をすることになり、檀家さんゼロから始めたそうです。うちの近くにもこんなお坊さんがいたら良いなと思ったので、すごいなと思った事、心に染みたことをまとめたいと思います。
詳しくは書かれていませんが、著者さんは学生生活が苦しく、辛くて、何度も自殺未遂をした経験があるそうです。首吊り、電車や車への飛び込み、睡眠薬、飛び降り、リストカットなど本当に何度も自殺しようとしましたが、未遂に終わってしまったそうです。これを読んで、過去記事「日本出身、地球人」の著者さんも死のうとして死ねなかったエピソードを思い出しました。
最近、「ふたりの余命」(2022年)を読んで号泣したのですが、著者さんのこの話を読んで人それぞれこの世を去る日は決まっていて、成すべきことがあるのではないかと考えてしまいました。
著者さんが自殺未遂や家出をしたのは、自分の居場所がなかったからでした。なので、お寺はサードプレイスを目指して、朝8時から人がいなくなるまで開放し、率先して声をかけ、お菓子や飲み物を準備し、子どもが遊べる場所も作ったそうです。悩んで来られた方の話をゆっくりゆっくり聞いて、人型の紙に嫌なことを書いて燃やしたり、火事でも燃えなかった樹齢650年のクスノキを回って縁切りの儀式を行い、最後には四つ葉のクローバーを持って帰ってもらうのだそうですよ。

また、死にたい、寂しいという人のために携帯電話の番号を開放し、24時間対応しているそうです。真夜中にかかってくることも多いそうですが、絶対にこちらからは電話を切らないということでした。
これって、すごいことだと思います。1人いのちの電話ですよね。自分自身が自殺未遂をした経験があるからこそ、追い詰められてどうしようもないという状況が分かるのだろうなと思いました。幻視・幻聴ではないかな、精神疾患ではないかなというような話もあったのですが、ひたすら話を聴くのだそうです。真夜中に…。

賽銭泥棒の話も印象に残りました。幾度となく賽銭泥棒に入られたそうですが、賽銭泥棒は賽銭箱を壊してしまうため、修理費がかかります。そこで、修理費を払うのであれば、賽銭箱の前に泥棒が持って行っても良いようにと、ご飯が1、2回食べられる分のお金を置くようにしたそうです。それでも数十回はしっかり持っていかれたそうですが、いつの間にか泥棒は来なくなったそうです。
同じ人なのか、別々の人なのか分かりませんが、盗る方も怖くなりますよね(笑)
タイトルとは矛盾しますが、著者さんは、日本には切腹することで自分の命をかけて他の人を守るということをしてきた文化があると述べます。今が苦しくて切なくて、どうしようもない、ある意味自分を守るために自死を決めたのかも知れないと考えています。なので、自殺者の葬儀で「高額な戒名をつけないと成仏しない」なんてことも言いませんし、何なら、戒名を無料でつけているし、お布施には上限まで設けているそうです。
そして、命を絶ちたいと言う人には、
「死ねばいいし、場所も貸してあげる、何なら一緒に死んであげるけど、誰にも迷惑をかけないような状況を作ってきてね」
と言うそうです。人は誰しも誰かの世話になり、誰かに迷惑をかけながら生きています。それを分かっていたとしても、「一緒に死んであげる」なんて、ちょっと私には言えない言葉だなと思いました。
いやもう、このお坊さん凄すぎる…というのが私の感想です。中学生の時に自殺が未遂に終わったのも、神様の意志だったとしか思えないと思いました。そして、ここまでではないにしても、私の人生にも何かすべきことがあるのかなと考えざるを得ませんでした。こんなお坊さんなら、檀家さんになりたいと思うのが分かります。
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