今回は、「不登校からのギフト」(2025年)を読みました。
うちの長男も、小学校4〜5年生の時に行き渋りがあり、毎朝車に押し込んで学校に連れて行き、担任の先生に引き渡していました(先生の説得があれば教室に行く)。著者さんの息子さんは勉強もスポーツもできて、習い事では賞を取って、リーダーも任される優等生で、親の言うこともよく聞く子だったがために頑張りすぎたようです。うちは、全くそんなタイプではなく(笑)、学校に行ってしまえばいつも通り元気で、先生や友達との関係も良好だったので、当時はものすごく悩みましたが、無理やり連れて行くのは彼にとって間違いではなかったと思っています。
そんな、正解が分からない不登校ですが、悩んで苦しんで著者さんは新しい生き方を見つけることができたようです。私も、学ばせてもらったと同時に、やっぱり親の関わり方が子どもに与える影響が大きいなと思ったので、まとめたいと思います。
先日、ホリエモンのツイートが流れてきて、確か、AIが東大の合格者レベルを超えたというようなニュースへのリプライで、まだ受験勉強をするのか?というコメントだったと思うのですが、私たち氷河期世代は受験するのが当たり前で、良い大学に行けば人生が保障されるという思い込みがあるのではないかと思います。著者さんも、
常に正解を探してしまう、高い点数を目指してしまう、それなりの評価を求めてしまう、そんな社会の中で私自身育ってきました
と書かれているように、学校に行ってほしい、勉強もスポーツも人並み以上にできて欲しい、名のある学校に行ってほしいというのは、親の望みであり、子どもの望みではありません。

自分ができなかったことを子どもに託そうとするのは、考え直した方が良いかもしれません。
行かなくていいと言いながら、行けるとほっとしている
というのは、不登校親あるあるではないかと思いました。
現在の学校教育は、個人の特性を生かすというよりは、優秀な会社員や公務員を育てるための教育なんじゃないかと思うようになりました。
これはこれまで読んだ本でも度々出てきましたが、もともとの共感を大切にする日本社会と戦時中に整えられた軍隊養成の賜物ですね。しかし、過去記事「イギリスの子どもと日本の子ども」で日本の教育の良い部分も知りました。
学校の先生、スクールカウンセラー、家族など周りが色々と言うし、本人はうまく自分の気持ちを分析して伝えることができないし、学校教育が悪いと言うのは簡単です。不登校親はできるだけ心に余裕を持って、視野を広く持つようにすることが、不登校解決の手助けにもなるのではないかと思います。
とはいえ、学校に行かないということは、成績や内申での評価がないため、進学では不利になりますよね。今はオンライン、通信制の学校も多くなりましたが、私の頃は定時制くらいしかなかったと思います。著者さんの息子さんは、地域みらい留学という仕組みを使って親元を離れて地域の学校に通う選択をされたそうです。選択肢は増えているとはいえ、進路の悩みは絶えませんね。
著者さんは、不登校親に対して以下の5つを行動を提唱しています。
- 日々の当たり前に感謝する
- 自分のための時間を作る
- ひとりで悩まず、想いを外に出す
- 小さな選択を大事にする
- 目指す未来の自分をイメージし、そこに繋がる行動をする
これは、子どもではなく自分自身に目を向けようというメッセージだと思いました。そして、親が好きなことをして楽しく生きている時って、いつもニコニコしていて、子どもの失敗にも寛容で、成功には一緒になって喜べると思うんですよね。「学校に行けないのは決してあなたのせいではない」と書いてありますが、私は、やっぱり親のせい、親の関わり方(=自信水をコップに溜める働きかけ(過去記事「子育てにおけるほめ方」参照))のせいだったなと再認識しました。
病気と同じで、子どもが「学校に行きたくない」と言い出したときは、自分の生き方を見直す必要があるということを改めて感じました。そして、視野を広く広げることを意識して、様々な情報を集め、自分自身が毎日笑顔で過ごせるように、心に余裕ができるように生き方を工夫すると良いんじゃないかなと思いました。
幸い、思春期真っただ中の息子も部活が楽しいみたいで毎日学校に行ってくれています。笑顔で見つめていると怒られてしまいますが(笑)、親が毎日幸せそうにしていれば、子どもも自分の幸せに向かって前進してくれるのではないかと思います。その上で学校に行く、行かないは子どもが決めることだよねと再認識しました。

