歯科衛生士のよみもの

kindle unlimitedで本を読み漁り、感じたことを考察していくブログです。

ラスプーチン

今回は、虚像のロシア革命 後付け理論で繕った唯物史観の正体(2023年)を読みました。

 

 

このブログで何度も言っているのですが、私、本当に歴史が苦手で(笑)。基礎知識がなさすぎて本書の内容も全然頭に入って来ず、、、だったのですが、暗殺されたラスプーチンという人物が、もしかすると20世紀の世界史を変えたかも知れない「平和主義者」だったと書かれているのに興味を持ったので、どんな人物だったのかまとめたいと思います。

 

 

 

Wikipedia(日本語版)によると、

奇怪な逸話に彩られた生涯、怪異な容貌から怪僧・怪物などと形容されるロシア帝国崩壊の一因をつくり、歴史的な人物評は極めて低い反面、その特異なキャラクターから映画や小説など大衆向けフィクションの悪役として非常に人気が高く、彼を題材にした多くの通俗小説や映画が製作されている。

と、何だか散々な言われ様です。本書に書かれている人物像とあまりに違うなと思い、Wikipedia(英語版)を翻訳して読んでみると、

ロシアの神秘家、祈祷師であった。彼は、ロシア帝国の最後の皇帝ニコライ2世の皇族と親交を深めたことで最もよく知られており、同皇帝を通してロシア帝国の末期に多大な影響力を得た
(中略)
歴史家は、ラスプーチンのスキャンダラスで不吉な評判が帝政の信用を失墜させ、暗殺直後にロマノフ家の転覆を招いたとよく主張する。ラスプーチンの生涯と影響力に関する記述は、しばしば一般的な噂に基づいており、大衆文化において彼は謎に包まれた魅力的な人物であり続けている。

と全く違う人物のことを書いているかのようです。

 

 

アレキセイの血友病

 

ロシア帝国の皇帝ニコライ二世の長男、アレキセイは血友病でした。英国ビクトリア女王の家系に特徴的な遺伝疾患で、アレクセイの母アレキサンドラ皇后はビクトリア女王の次女だったそうです。血友病では、軽微な傷でも出血しやすく、止血が困難になります。今では治療可能ですが、当時は医者もさじを投げたそうです。そして、そこに現れたのがロシア正教会の僧グレゴリー・ラスプーチンでした。

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本書によると、彼には催眠の能力があったそうで、患者の心をポジティブに変え勇気づけることができたそうです。そして、Wikipediaによれば、彼が何度もアレクセイの痛みを和らげ、出血を止め、命を救ったことにより、信用を得て、宮廷でかなりの地位と権力を得たということでした。皇帝はラスプーチンをランプドニク(点灯夫)に任命し、宮殿の宗教的象徴の前にあるランプを灯し続ける任務を与え、皇帝の娘たちとも親密になったそうです。

 

 

嫌われたラスプーチン

 

一方、彼は宮廷の官吏からは嫌われました。「奇矯な振る舞いだけでなく、信者との性の狂乱がある危険な人物である。彼を遠ざけるべきだ。」と皇帝や皇后に進言しますが、聞き入れられなかったそうです。また、敵対者から宗教的異端と強姦の罪で告発され、皇帝に対して過度の政治的影響力を及ぼしていると疑われ、さらには皇后と関係を持っているという噂さえあったみたいです。

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そして、ラスプーチンと皇帝一家の間に亀裂を入れようとするグループの一員だったイリオドルを信奉する女性に、故郷の村ポクロフスコエ村で腹部を刺されてしまいます。一命はとり留めましたが、療養のために、ニコライ二世とアレキサンドラ皇后のそばにいることができませんでした。

英国の歴史家マーガレット・マクミランは、ラスプーチンがこの大事な時期に首都にいなかったことはロシアにとって(そして世界にとっても)不幸であったと嘆いているそうです。

 

 

平和主義者の暗殺

 

ラスプーチンは、平和主義者だったそうです。まず、第一次バルカン戦争でも戦うべきではないと主張していました(フェルナンド大公夫妻がサラエボで暗殺された翌日にラスプーチンも刺され、殺されかかった)。皇帝の対独宣戦布告についても、彼がペトログラードにいたら思いとどまらせた可能性がありました。もし、彼がニコライ二世を説得し、戦いを止めさせれば、ドイツは軍を東部戦線から西部戦線に回すことができ、そうなれば、英仏軍は独軍に圧倒されてしまいます

そうなっては困ると思うのは英仏ですね。

ロシア貴族であるフェリックス・ユスポフ公に率いられた貴族グループは、ニコライ二世とアレキサンドラ皇后を惑わしているとして、ラスプーチンをユスポフ宮殿に呼び暗殺しました

これが定説であり、日本版Wikipediaでは「ラスプーチン暗殺の詳細は不明な点が多く、様々な逸話が残されることとなった」と濁してあります。

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しかし、ラスプーチンの殺害の真相については、2004年に英国BBCテレビのドキュメンタリー番組が、ユスポフ公と英国MI6工作員が深い関係であったこと、ラスプーチンの額に至近距離から撃たれた銃が英国軍関係者用の官給拳銃であったウェブリー・リボルバーであることを突き止めているそうです。ちなみに、英語版Wikipediaには「事件発生から100周年に発表されたラスプーチンの死に関する最新の分析で、(中略)関係した公式外科医による検死報告書には、毒殺や溺死の記録はなく、至近距離から頭部に撃ち込まれた一発の銃弾による死とだけ記録されている。」と書かれていました。

 

 

まとめ

 

ラスプーチンという人物は、見た目もまるで「売られた辺境伯令嬢は隣国の王太子に溺愛される」に出てくる宰相テオのような印象でした。

 

 

恐いんですよ、顔が…笑。

しかし、彼は怪僧であるというのも、反対派、戦争をしたい人たちが流した宣伝なだけなのかも知れませんし、ロシア帝国崩壊の一因などではなく、生きていれば救世主だったのかも知れません。真実は私には分かりませんが、戦争を起こしたい人と起こしたくない人がいて、水面下で色々と動いていたというのはよく分かりました。

 

 

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