歯科衛生士のよみもの

kindle unlimitedで本を読み漁り、感じたことを考察していくブログです。

女王クリスティーナ

今回は、教養としてのローマ史入門を読みました。

 

 

私、読書も好きなんですが、漫画も大好きで、特に好きなのは異世界転生モノや悪役令嬢モノなんです。今回本書の中で「女王クリスティーナ」という、まるで漫画に出てくるような人物の話がとても面白かったのでまとめたいと思います。

 

 

王子のように育った幼少期

 

f:id:ddh_book:20250217150620j:image

クリスティーナが生まれたのは、30年戦争の最中であり、父親は「北方の獅子」と呼ばれたスウェーデン国王グスタフ二世アドルフでした。母親はブランデンブルク選帝侯の娘マリア・エレオノーラで、美人でしたが、結婚後、死産や幼な子の早世、夫も戦地にいることが多いなどが重なり、精神を病んでいました。グスタフ二世は結婚前の愛人に産ませた息子グスタフ・グスタフソンの存在を公にしていたため、王妃は男児を熱望していましたが、産まれてきたのはクリスティーナ。最初男児と間違えられ、大喜びしたものの、女児と分かると悲嘆に暮れ、育児放棄してしまいます。そのため、クリスティーナは、国王の異母姉カテリーナに育てられます

そして、国王が彼女を後継者にすると決めると、帝王教育、乗馬、狩猟、剣術、射撃など、男性による男性的な教育を受けます。彼女自身も男装に近い服装を好み、普通の女の子がするようなことには興味がなかったということでした。

 

 

男装して6歳で即位

 

そんな中、父王がリュッツェンの決戦で勝利を得ながらも戦死してしまい、6歳で王位を継ぎます。すると、夫の死で母マリアがますますおかしくなり、それまで見向きもしなかったクリスティーナに異常に執着し、軟禁状態にしてしまいます。亡くなった夫の心臓を小箱に入れ、一緒に寝るよう強要したりしたそうです。国の執政を行っていた宰相が母親から引き離そうとしたものの、3年半もかかったということでした。

f:id:ddh_book:20250217160916j:image

クリスティーナは勉強が好きだったようで、毎日12時間も勉強していたそうです。そして、18歳になり国政に関わるようになっても、睡眠時間を削って古典や哲学の勉強を続けたということでした。

 

 

学問と芸術

 

クリスティーナは文化政策に力を入れ、教育制度を整備し大学の発展、図書館の充実に寄与します。彼女は学問と教養のない人間にはいっさい興味がなく、上流夫人たちとの交流は蔑視していたそうです。自身の衣服や食事には無頓着だった反面、財政難にも関わらず、王室の儀式や客人の来訪には贅をもって尽くし、学者たちを援助したそうです。 グロティウスやデカルトらを宮廷に招聘し師事していました。

また、芸術にも多大な情熱を持ち、美術品や古文書の収集もしていました。彼女には経済観念が欠落していたと述べられています。

 

 

クリスティーナの恋

 

クリスティーナの初恋は、母親代わりだった叔母の息子、カール・グスタフでした。適齢期となり、元老院も国民もカールとの結婚を望んでいましたが、彼女は、「支配するために生まれてきた女王は何者にも隷属しないがゆえに、男性に隷属する結婚をすることはできない」と考え、王位をカールに継承することを提案します。彼女は生涯、子どもを産むことを女性の使命とする結婚には嫌悪感を持っていたそうです。

彼女が、生涯の人アッゾリーノ枢機卿と出会うのは退位・改宗後となります。彼は高潔な人物で教養深く、互いに尊敬しあい、最後までクリスティーナのそばにいたそうです。

 

 

若くして退位し、カトリックに改宗

 

クリスティーナは、20歳の頃から退位と改宗を考えていたと後に語っています。彼女が28歳になる1654年2月に退位を表明し(実は、二度目)、6月に退位式典を行いました。それと同時に秘密裏にローマのイエズス会総長やフランス大使シャニュー、スペイン大使ピメンテルと連絡を取りながら改宗の準備を整えていたそうです。彼女は、退位式典を終えると直ちにスウェーデンを脱出し、男装してデンマークに入り、ブリュッセルへ招かれて、レオポルト大公の宮殿にある個人礼拝堂で神父を前にローマ教会への信仰告白をします。その後、インスブルックで公式の改宗式が行われ、サン・ピエトロ大聖堂では堅信式の後に教皇の名にちなんだマリア・アレクサンドラという洗礼名を拝受します。ローマの貴族たちはクリスティーナを歓待し、豪華な歓迎式典、祝祭や演劇、音楽会、舞踏会が次々に開催しますが、のちに彼女の傲慢な態度から野蛮できみが悪いといううわさが立ち、問題児扱いするようになったそうです。

とはいえ、女王の改宗は対抗宗教改革の最中にあったローマ教会にとって勝利の象徴であり、現在でもサン・ピエトロ大聖堂内には彼女の記念墓碑があり、ヴァティカンの地下墓地に歴代の教皇たちとともに埋葬されているということでした。

 

 

 

まとめ

 

ローマという舞台で最後まで女王の役割を演じたクリスティーナは、実にバロック的な劇場型人生を送ったという意味で、のちの歴史家が バロックの女王」と呼びました。

いや、もうすごすぎる人生で、物語のようだと思いました。悪役令嬢モノにも執着キャラや男装王女が出てきますが、負けず劣らない内容なだけでなく実話というのがすごいですよね! クリスティーナの複雑な性格は、数多くの演劇やオペラ、文芸作品に表現されたそうで、映画もいくつかあるようなので、見かけたら見てみたいと思います。