今回は、「おあとがよろしいようで」(2023年)を読みました。
本書は大学の落研を舞台にした小説です。私も落語は大好きで、独身の時はANAに乗ると必ず寄席を聞いていました(笑)今も聞けるのでしょうかね?
落研メンバーのそれぞれの生き方が書かれているのですが、特に、宿題のとらえ方、世界をどう認識するのか・したいのか?というのが心に残ったので、まとめたいと思います。
「明日が来るのが楽しみになるくらい準備する」
これは、「姉さん」と呼ばれる落研の先輩が言った言葉です。人生を楽しむためには、仕事の時間が楽しいと思える必要がありますよね。そのためには、楽しむための準備をしなければいけない、それが宿題なのだと父親から教わったそうです。また、姉さんの父親自身もお客さんとの話の中で出てきた本を読んだり、おススメの映画を実際に見ることで、次にそのお客さんが店に来るのを楽しみに仕事をしていました。

確かに、宿題をちゃんとしていると、早く学校に行きたいし、授業がはやく始まらないかな、先生当ててくれないかな、と何もかも楽しみになりますよね。問題が分かるようになると、多分テストも楽しみになります。このような考え方は私にも全くなかったので、「宿題が嫌だ」「テストが嫌だ」と思っている息子達に教えてあげたいと思いました。そして、そのような生き方をしていると、本当に毎日楽しそうに生きているように見えますよね。実際、楽しいと思います。
俺たちは、何を見るか、何を聞くか、何を感じるか、何を経験するかによって、世界に対する認識が変わる。
これは、落研の部長の言葉です。本書の冒頭、部長と主人公のこたつが出会った時点と本書の後半、このセリフが出てくる時点ではこたつの見えているものが大きく変化しているのが分かります。そして、この後さらにこたつの認識する世界、見えるものがどんどん変わっていきます。
人間は脳で様々な情報を処理していますが、その脳は一人ぼっちで、白い壁の中で、外界に触れることもないまま、目や耳から入ってくる情報を頼りに世界を認識しています。その自分の脳に何を見せたいのか、何を聞かせたいのか、という視点で考えるというのは、本当に新しい視点だなと思いました。

部長は、
そりゃあできることならさ、世界ってこんなにすげえんだぜ、こんな素晴らしい人がいるんだぜ、こんなすごいことがあるんだぜってことをみせてやりてえじゃない
と言っていますが、過去記事「1秒で世界が変わる」のように視点を変えることで、脳へインプットする情報を変えられるのではないかと思います。
私も、自分が、自分の脳が楽しめる情報、わくわくする情報をインプットしてあげたいです。
本書のタイトル「おあとがよろしいようで」というのは、自分の時間は終わりがきていて、次の人の準備が整いましたので、私は下がりますという意味なのだそうです。そして、このセリフがこれまでの出来事を踏襲しながら、最後に意味を持ち、効いてくる訳ですが、それは是非本書を読んで楽しんでください。落語が好きな方も、よく分からないという方も楽しめると思います。
