今回は、「ビッグバンから時空と四つの力までープラトンの解答」(2021年)を読みました。
本書はプラトンについての本かと思えば、全くそうではなく(笑)、TAWフラクタル現象学についての解説本でした。実は、過去にもフラクタル現象学についての本(「そろそろこの世界が仮想現実だと知るときが来た:-TAWフラクタル現象学入門」(2020年)」を読んだことがあったのですが、突飛すぎて頭が追いつかず、ブログにはとても書けませんでした。しかし、今回は私の大好きな物理学と絡めて書かれていることで、こんな考え方も面白いと思ったので、整理したいと思います。
フラクタル(仏: fractale, 英: fractal)は、フランスの数学者ブノワ・マンデルブロが導入した幾何学の概念である。ラテン語の fractus から。図形の部分と全体が自己相似(再帰)になっているものなどをいう。
フラクタルの具体的な例としては、海岸線の形などが挙げられる。一般的な図形は複雑に入り組んだ形状をしていても、拡大するに従ってその細部は変化が少なくなり、滑らかな形状になっていく。これに対して海岸線は、どれだけ拡大しても同じように複雑に入り組んだ形状が現れる。
そして海岸線の長さを測ろうとする場合、より小さい物差しで測れば測るほど大きな物差しでは無視されていた微細な凹凸が測定されるようになり、その測定値は長くなっていく。したがって、このような図形の長さは無限大であると考えられる。

現在、最も小さいと考えられている構成単位は「素粒子」だとされていますが、海岸線に接近すればするほどフラクタルな構造が続き、長さが無限大になるのと同じように、物理学における4つの力(重力、電磁力、強い力、弱い力)を統一しようとすると素粒子の世界では無限大になってしまうのだそうです。
そして著者さんは、この世は仮想現実、つまり、ゲームの世界のようなものだと言います。映画「マトリックス」の世界ですね。
この世界にいるのは「私」だけで、私の周りの世界だけが現実化(触れる、見える、聞こえる、臭いがする、味がする)するのだということで、私たちは母親から産まれてもいないし、歴史上の出来事や人物、宇宙などは全て錯覚なのだそうです。
確かに、そのような説明はスピリチュアル系で多いですが、本書はスピリチュアルとはちょっと違います。そして、本書のタイトルに出てきたプラトンが残した考え方が「この世界が投影であり、本質的なものはその背後に隠されているイデアである」ということで、ここで繋がる訳です。
この世界を認識するために必要なのは、「実際に直接五感で体験したこと」と「そうだと信じていること」を分けることだと言います。

意識には、表層意識(個人の意識)、深層意識1(個人の過去の記憶、信じ込み)、表層意識2(生まれつきの環境、先祖、遺伝子)と深層意識3(システムとしての意識)があり、深層意識3までを含めた全意識について知ることで、意識が世界を創っているということに一切の例外がなくなるのだと言います。
大丈夫ですか?ついて来ていますか(笑)?
この、深層意識3が作り出す世界に人間的な意識である思考が意味づけした結果を私たちは世界として認識しています。ちなみに、この深層意識3には時間も空間もないそうです。
自分よりも遠くで起きている出来事、例えば海外で起きている戦争や飢餓で苦しむ人は自分の思考が作りだした投影であり、自分から離れれば離れるほど、つまり、直接五感で体験したものではないものほど自分の意識が拡大投影されたものになるのだそうです。全て自分の意識が作り出したものであるため、歴史が繰り返したり、時間的に近づくほど変化が速くなっていたり、空間的に遠くなるほど大きなもの(太陽やブラックホール)が存在したりします。地球誕生のビックバンは、時間的にも空間的にも遠い存在になるため、その力が桁違いの大きさだったと推定され、宇宙は今も膨張を続けているということになる訳です。

確かに、この理論で考えると、物理学で研究されてきたことが解決してしまいそうな(永遠に解決できないと分かった?)気がします。しかし、この世に自分ひとりしかいない、全てが自分の意識の投影だとすると、何のために私は生きているのでしょう…?
本書では、自分が何のために生まれたのか、自分がこの仮想現実で生きる意味については何一つ書かれていません(笑)それに、読めば読むほど、この本を書いたのも私!?と訳が分からなくなります。この世界が本当に私しかいないゲームの世界なのであれば、利己的に生きて、例えば大量殺人を犯したとしても問題ないということになりますよね。でも、そうではないと思います。
フラクタル心理学では、自分の中にある感情のカケラが、テレビのニュースなど外世界で拡大投影され、自分から見える他人も自分のカケラを投影しているということを自覚しようとします。確か、過去記事「ノマドワーカー」で(ブログには書いていませんが)、「自分はニュースを見ないが、ニュースが目に入った時にはその意味を考える」というようなことを書いてあったのが何故かずっと頭に残っているのですが、このことを言っていたのかも知れません。
フラクタルに世界を見る、つまり全て自分の投影だと考えると、世の中の見え方が変わるというのは分かりました。
「人のふり見て我がふり直せ」や「鏡の法則」というものがありますが、周囲で嫌なことが起きたら、それは、自分の中に何か嫌なことがあるのかな?と考えてみるのはいいかも知れませんね。自分が変われば、歴史も変わる(新たな発見により定説が変わる)という現象が現れるそうなので、利己的になるのではなく、自分を高める手段にしたいものです。そして、ニュースやワイドショーは見ない!これも大事だなと思いました。

