今回は、「「論理的思考」の文化的基盤 4つの思考表現スタイル」(2023年)を読みました。
本書は文章が固くて、ページ数も多いのですが、アメリカ、フランス、イラン、日本の教育システム、特に小論文や作文の指導と歴史教育についての研究成果がまとめられており、各国がどのような歴史的背景で、どのような人材を育てようとしているのかがよくわかる、とても面白い内容でした。
過去記事「人はことばで思考する」で学んだように、ことばをどのように教育するのかというのは、その国の思考法を反映すると考えられます。各国の文化や歴史的背景の違いによる教育の違い明らかだったので、整理してまとめたいと思います。
アメリカのエッセイは序論で主張を述べ、本論で主張を根拠付ける三つの証拠(事実)を述べ、結論で主張を繰り返してその正しさが証明されたことを宣言する三部構造、5つのパラグラフから成ります。アメリカのエッセイの最大の特徴は、最初に結論である主張を述べてしまうことで、それを支持する「事実」で構成される型を踏まえることで、はじめて論理的であると評価されます。科学の仮説検証がそのモデルとなっており、教育のみならずビジネスや他の領域においても書き方の基本として広く世界に受け入れられています。

アメリカでは、小学校一年生から「私はこう考える。なぜならば…」と意見の述べ方を定型化し、型を訓練します。5パラグラフ・エッセイは小学校三年生で書き方が教えられ、その後、高等教育まで学力はこのエッセイによって測られます。そして、小学校から高校まで一貫して、全体構成を描いた図表を完成させ、最後まで見通せた後でなければ生徒は文章を書き始めることを許されません。評価内容も細かく明示されているということでした。
アメリカの教育の目的は、経済活動を支える人材の育成にあります。そのため、教育目的・内容・方法は、経済合理性によって合理化されるということでした。

フランス式小論文の型は、ディセルタシオンとして大学の入学資格を得るための統一国家試験であるバカロレア試験でも用いられています。ディセルタシオンは、導入、展開、結論の三部から成り、展開部分は〈正─反─合〉の弁証法を基本構造としています。書き手自身が立てた先の三つの問いに答えながら、主題に対する「ある一般的な見方(〈正〉)」、それとは「相反する見方(〈反〉)」を示し、これら二つを「総合する見方(〈合〉)」を提示してそれぞれの見方を文献の引用により論証するというのが特徴です。「私は」という言い方は終始出てきません。
小学校では文法を、中学校では論証を、そして高校では弁証法を習得し、 ディセルタシオンの型で文章が書けることを目指します。
フランスの教育の目的は、自律した政治的主体としての市民の育成にあります。公共の利益を考え政治参加するために、個人よりも集団を優先させる価値観の伝授が重要であり、共通善について熟考し、議論し決定する「手続き」を教え、既存の法律を評価して変えられる知識と思考法を身につけさせようとします。さすが、フランス革命のあった国ですね。
エンシャーは、序論、本論(3段落)、結論からなり、結論では全体をまとめた後に「結びの言葉」として詩の一節やことわざ、経典の一節、神への感謝などを述べるところに特徴があります。エンシャーでは、美しく異化された始まり方(意外で不思議な始まり)と印象的な終わり方をすることで、読み手にいつまでも心に残る深い印象を与えることが目指されます。
イランには全国統一の国定教科書があります。作文の目的は「学習者に考えを整理させ」ることで、「理路整然と話したり書いたり」できるようにすることであり、ブレインストーミングとマインドマップで自由に発想することを勧めています。

教育の目的と手段は権威ある原典を根拠に決められており、そこに個人的な選択や例外、偶発性は想定されません。最終的な判断結果は既に決まっているため、決定は単に技術的に判断されたり、予め決まった手続きを踏むだけになります。絶対的な神のいる国ならではです。
日本といえば、感想文ですよね。感想文は大正期に日本独自の作文法として出来上がった「綴方」の影響を大きく受けています。作文教育の目的は人格の形成であり、教師の介入や指導を極力避けて、細目表や点数による評価は行わず、児童の満足度を評価するという考えが中心となっています。感想文は、「序論」で書く対象の背景と書き手が対象に対して持っていた感想、「本論」で対象を通した体験、「結論」で体験後の感想を述べる三部構造であり、特に、結論で体験を通していかに自分の考えや感じ方が変わったかを書くことが重視されます。書いた感想文は、学級で発表させて個々の感想文に対する感想を言い合い、教師は友だちの感想を聞いたあとで「感想が変化する」ことを期待します。 児童生徒と教師の相互作用の「場」から、「即興的に」その場その場で目的と内容を修正するという教育の「過程」が重視されています。日本の作文指導では、魚、植物、そして無生物の物にすら「なりきって」感じ、考え、書くことが勧められているのも特徴です。

論証を目的とした作文は、「意見文」「論説文」「小論文」と名前が変化しますが、序論、本論、結論の構成であるのは同じです。本論では根拠を述べた後、予想される反論と反論に対する意見を述べ、結論を補強したり説得力を増したりする構成が定型化しています。
日本の教育の目的は、他者および自己とのコミュニケーションを通じて社会秩序を成り立たせる道徳心を「自己形成」として養うことにあります。社会が統制と秩序を保つためには、他者への共感を通して明文化されない緩やかな価値(和の尊重や譲り合いの精神など)のもと、個人がその価値に適合すると考える態度や行為を「状況に応じてその場その場で」選択する道徳心が求められます。
本書を読んで、アメリカで子育てした方が良いという人の意味がよく理解できた気がします。一方、日本の教育の良い部分にも気づくことができました。
本書には各国の歴史教育についても書かれており、それもとても興味深い内容なので、気になる方はぜひ読んでみて欲しいです。こちらもすごいですよ!
著者さんも、どの教育が良いではなく「思考表現スタイルの違い」として使い分けると良いと述べている通り、政治的対話ではフランス式、科学やビジネスではアメリカ式というように、日本の他者共感をベースに使い分けるというのを意識するといいなと思いました。
