今回読んだ本は、「ことばと思考」(2016年)です。
世界中には、こんなにも様々なことばが存在するんだという驚きと、ことばが違うことで人間の思考にどのような影響があるのかという実験がたくさん書かれていて、とても面白く、勉強になりました。特に「人間はことばで思考している」ということがよく分かった研究をまとめたいと思います。
世界には、「前」「後」「左」「右」に相当することばをまったくもたない言語が多く存在するそうです。では、何を使ってそれを表すのかというと、「東」「西」「南」「北」になります。この言語を持つ人々は、「リモコンはテレビの左にある」ではなく、「リモコンはテレビの西にある」と言うのだそうです!絶対音感ならぬ、絶対方角感がなければ通じませんよね。実際、彼らは伝書ハトも持っているような「デッド・レコニング(Dead reckoning)」と呼ばれる方向定位能力を持っていて、100㎞離れた場所からでも自分の村の方角が分かるそうです。

また、このように「東」「西」「南」「北」で位置を表現する人は、一列に並んだぬいぐるみを見て、そのあとで、180度向きを変えて動物の列を再現するという課題をさせると、私たちと違う結果になります。絶対的方位を基準にしている人は、180度ひっくり返っても、動物の向きの方位は変わらず、自分を中心にした左右は逆向きになってしまうということでした。
日本語や中国語は規則的に十進法に則って数が表現されます。1・10・100・1000と10進法ですし、1の次は2…、10の次は11…と規則的で分かりやすいですよね。しかし、英語では10の次は11(eleven)、12(twelve)、13からはteenがつくという、ちょっと不規則なことばを使います。そこで、アメリカ人やイギリス人の子どもと中国人の子どもの計算能力を比べたところ、中国人の子どもが5歳くらいで10から19までの数が10と一桁の数が合わさったものであると理解し、10を超える数の足し算をしている子どもがかなり見られたのに対し、アメリカ、イギリスでは5歳でこのことを理解していた子どもは調査対象の中には誰もいなかったのだそうです。

さらに、アマゾン奥地で生活するピラハ族は「1」にあたることば「ホイ」と「2」にあたることば「ホイ」しかなく、音は同じでイントネーションが違うだけという言語を使います。前者は「箸」、後者は「橋」みたいな感じです(笑)さらに大きい数は「バアギ」が「アイバイ」で表現され、訳すなら「多い」という意味になるそうです。このピハラ族に対し、研究者が机に棒を並べ、対面した人がそれと同じ数の電池を並べるという課題をさせたところ、3本まではほぼ100%正解しましたが、それ以上になると正解率が下がり、棒の数が9、10本になると0%になってしまったそうです。
ことばが無ければ、計算はできないということがよく分かります。
日本には「日本色」と呼ばれる昔ながらの色や、オレンジやピンクなどすっかり定着している外来語の色もありますね。日本は色は名前は多い方で、世界で色の名前の数がもっとも少ないのは、パプアニューギニアのダニ族の言語で、「白っぽいもの」と「黒っぽいもの」の2つだそうです。では、ダニ族には世界が白黒なのかというとそうではなく、赤や青、緑、黄色といった色自体はちゃんと認識しているということでした。
また、英語話者は「オレンジ」と言う時、「Orange Taxi」が橙色ではなく茶色のタクシーだったというように、日本人の認識する「茶色」までを含みますし、フランス語では「茶封筒」は「黄色の封筒」と言うそうです。
色をどこで切り分けるのかというのは、言語によってさまざまなのだということがこれで分かるかと思います。
二つの○を線でつなげただけの絵を見て、その後思い出して書かせるという実験をすると、「ダンベル」というラベルと一緒に見た時は「ダンベル」のような絵を、「めがね」というラベルと一緒に見た時は「めがね」のような絵を想起してしまうそうです。つまり、ラベルによって絵の記憶がラベルが指すモノの方に歪められてしまうということです。

また、MRIで脳をスキャンしながら、被験者に人が歩いたり走ったりしているシーンを見てもらいます。すると、副詞(「はやく」)、動詞(「歩く」)というテロップを見たときは、一般的に言語を処理する部分が多く活動し、擬態語(「ずんずん」)を見たときには、左半球だけでなく、右半球でジェスチャーなどの、言語以外の認知活動をする部分の活動が目立ったそうです。つまり、動きといっしょに擬態語を見た場合、「歩く」「はやく」などの普通の動詞や副詞といっしょに同じ動きを見た場合よりも、運動を知覚する部分や、運動を実際に行ったり、これから行う運動のプランニングをしたりする部分の活動が多く見られたということでした。
テロップのことばひとつで、自分も動いているかのように脳が反応するんですね。
最近、何故か気になって「カタナムナ」の本をいくつも読んでいるのですが(分からなすぎてブログに書けないw)、聖書(ヨハネ福音書)には、「初めに言があった。言は神と共にあった。言は神であった。」と書かれているそうです。そして「カタカムナ」こそが最初の言語なのではないかということでした。
本書を読んで、ことばがあるから人間はこれだけ繁栄することができたし、ことばによって思考がかなりの部分で影響を受けているんだということが分かりました。世界中には様々な言語があってとても面白いなと思ったし、日本語こそが日本人のアイデンティティの源なのかもしれないと感じました。日本語を大切にしていきたいです。
