歯科衛生士のよみもの

kindle unlimitedで本を読み漁り、感じたことを考察していくブログです。

福沢諭吉の誤解

今回は、福沢諭吉 しなやかな日本精神(2018年)を読みました。

 

 

本書を読んで、福沢諭吉についての誤解があるということを学んだので、まとめたいと思います。

 

 

 

福沢諭吉は、言わずと知れた(旧・現)1万円札の顔ですが、幕末から明治期の日本の啓蒙思想家、教育家で、慶應義塾の創設者でもあります。過去記事「津田梅子」では、津田梅子の父と通訳者仲間だったと出てきましたが、25歳のときに、幕府の遣米使節に志願して、咸臨丸で渡航しています。

 

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本書を読むと、本当に数多くの本を残していることが分かりますが、その文体から、誤って解釈されている部分があることが分かりました。

 

 

平等主義者ではない

福沢諭吉と言えば、『学問のすゝめ』の一節、「天は人の上に人を造らず、人の下に人を造らず」が有名ですが、人間は個人としてすべて平等であるなどと説いたことは一度もないそうです。

よーく見てみると、

「天は人の上に人を造らず人の下に人を造らず」と言えり

とあり、その後には、

されども今、広くこの人間世界を見渡すに、かしこき人あり、おろかなる人あり、貧しきもあり、富めるもあり、貴人もあり、下人もありて、その有様雲と泥どろとの相違あるに似たるはなんぞや。

という文章があるのです。彼は漢籍の書下し文脈と対句を用いる文体を用いているため、ちゃんと最後まで読まないと、その意味を誤解してしまうということでした。

 

私も、本書を読むまで人類は平等であるということを言っているんだろうと勝手に解釈していました。人の話は最後まで聞かなければいけませんね。

 

 

societyは社会ではない

 

福沢思想は「功利主義」と言われるのですが、個人の名誉や利益のことだけを考えているように誤解されてしまっています。正しく訳すなら「有用主義」であり、彼は道徳哲学の目的を「万人の幸福」という一点に絞り、個人の幸福と他者の一般の幸福とが両立する用な人倫のあり方とはどのようなものであるべきか探求しました

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そして、西洋にあって日本にまだないもの、それはある程度の経済力を蓄えた階層に属する多くの人々による自由で活気あふれる「人間交際である」と見抜きました。そして、基礎知識の不足した一般国民を啓蒙することに真剣な力を注ぎ、知識は財産だという認識を持っていたとのことです。

これが、後の慶應義塾の創設に繋がる訳ですね。

 

さて、この人間交際」というのは、福沢が「society」に充てた訳語です。当時は日本語に当てはまる語彙が無かった訳ですが、のちに「社会」という造語が作られ、「society」に充てられることになりました。そのために抽象的にとらえられて、私生活とは切り離された印象を持たれることになってしまった感があります。「society」というのはもっと人と人との距離が近い「仲間づきあい」という意味がありますが、現代に「人間交際」を用いると1対1、男女ようなイメージを持ってしまうため、ソーシャルキャピタルといった意味で理解するといいのかなと思いました。

 

 

なぜ?を考える

 

福沢諭吉はとても理論的で、きちんと数字を使った資料を根拠に論じました。極端な主観的感想を根拠にするのではなく、できるだけ客観性を保持するために、物事の平均を見て判断すべきだということを強調しています。

太陰暦から太陽暦に変換された時にも、福沢は「なぜこの転換が合理的なのか」を国民に説明する必要を感じ、病床で執筆したのだそうです。

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この「なぜ?」を考える為には、様々な分野の知識が必要になります。『啓蒙手習の文』明治4年)では、和漢の学と「洋学の科目」(読本、地理書、数学、窮理学(物理学)、歴史学、経済学、修身学の七科目)を適齢期に学ぶことが必要だと述べています。藩校などでは、もっぱら四書五経素読し解釈することによる、人道に外れないための精神修養の学一辺倒であったことを考えると、福沢の論理的な考え方はとても先進的であったといえます。

 

 

まとめ

 

福沢の文章は、先述の対句の他にも、常に反論者を意識した開かれた対話の場面を想定して書かれているということが分かりました。つまり、福沢諭吉は、非常に幅広い視野と柔軟な思考力を持ち、幕末の混乱から回復し、欧米諸国からの侵略を防ぐために、いつも読者が二元論に陥らないよう本を書き続けていたのだということです。著者さんの言う、福沢の政治的文化的外圧を適度に取り込みつついつしか自家薬籠中のものにしてしまう、しなやかで強靱な「日本精神」を、私たちも福沢諭吉から受け継いでいけたら良いなと思いました。