今回は、「こころの遊歩道」(2016年)を読みました。
著者さんは、過去記事「嬉しい・楽しい・幸せ」の時と同じ、小林正観さんです。
本書は、心の中を1日5~10分散歩してもらいたいという趣旨で書かれた本で、一つ一つの話がじ~んと心に染みわたります。やっぱり、小林正観さんのお話は私の心の奥深くに響くものがあるみたいで、常に目はウルウル状態でした。全部書き残したいところですが、特に心に残ったエピソードをまとめたいと思います。

生卵はよくかき混ぜると白身と黄身が一体になって、それを白身と黄身に分けることはできなくなりますよね。同じように、幸も不幸も同じものだったという話です。
例えば、空腹=たまごの白身(不幸)、おいしさ=たまごの黄身(幸せ)だとすると、「空腹」の中に、「おいしさ」(=黄身)が抱かれています。「空腹」は、「おいしい」という〝幸せ〟の前半分とも言えます。病気や怪我で「自由にならない」ことを味わったあとなら、「手足が自由に動く」ことの喜びや幸せを噛みしめることができますが、不自由を味わったことのない人にこの自由に感謝しろと言ってもなかなか難しいものです。夏が暑いから秋の涼しさが心地いい、冬が寒いから春の暖かさに心が踊る、というように、不幸と幸せは1+1ではなく、1/2+1/2、つまり1つのものだったという訳です。

二重人格者で、本人の人格の時はオレンジアレルギー、もう1人の人格の時にはアレルギーは起きないというアメリカ人がいたそうです。そこで、研究者が人格が変わる30分前にオレンジを摂取させる実験をしたところ、人格が変わると同時にアレルギーがさっと消えてしまい、戻る時は逆のことが起きたのだそうです。
そこで、「人格が病気を作っている」(らしい)のだから、自分が今まで否定してきた人格、対極に位置する人格を(他人や社会に迷惑をかけない範囲で)演じてみてはどうですか?という話です。病気だとクヨクヨするのではなく、「今まで考えたこともない」という生活を取り入れてみる、今までと正反対の生活をしてみるというのは、楽しいアイディアだなと思いました。

普通は「一事が万事」ですが、この話は「一事で万事」です。1%(一事)のために、99%(万事)を敵にしていませんか?ということです。
トイレに「いつもきれいに使ってくだりありがとうございます」と書かれているのをきっと見たことがありますよね。
「風呂は11時までご利用いただけます」
「風呂は11時までに入ってください」
「11時以降の入浴禁止」
どれも同じことを言っていますが、「泊まってくださってありがとう」との気持ちがあれば、「11時以降の入浴禁止」とは書けないと思います。きっと何か嫌な思いをすることがあって、そのような書き方になってしまったのでしょうが、迷惑な一部の客に向けた言葉を万事使ってしまうと、ほとんどの迷惑をかけない客に嫌な思いをさせてしまいます。「一事で万事の人」にはなりたくないですね。

私もスキーをしますが、スキーを滑る時、一回滑るごとにテーマを持って滑っていますか?ということです。「しなくてもいい」という状態に置かれて、「自分の意志で何をし続ける」かがここで言う「テーマ」だそうです。スキーでは、1回滑るごとに別にテーマを決めなくてもいいのですが、テーマを決めると格段に早く上手になるというのは何となくわかると思います。
人生も同じで、怠けようと思ったらいくらでも怠けられるという時でも、自分のテーマがあれば早く成長することができます。「(誰かに)言われたからやっている」や「仕方ないからやっている」「漠然とやっている」というのは「テーマ」ではありません。禅宗の修行僧が自分の怠け心と戦うことが最も辛いと言っていたのは、印象的でした。
そして、このテーマには3つあり、「今取り組むべきテーマ」、「この人生をどう生きるかというテーマ」、「生まれ変わっても追い求めていく魂のテーマ」に気づくことが、私たちの人生を味わい深いものにしてくれるような気がしますということでした。
本書では、他にも「ジョージ・クラベル」の世界からはなるべく離れ、「ジコトザン・ノボリヴィッチ」の世界に近づきましょうとか、過去記事で私も紹介した「中村天風」の話や「松下村塾」の話、「百戦百勝善ならず」の話など、この世の仕組み、宇宙の構造が学べる内容でした。
小林正観さんは2011年10月12日に永眠されており、もう直接お話を聞けないのはとても残念ですが、これからも本を通して沢山学ばせていただきたいなと思います。
