今回は、「PIXAR 〈ピクサー〉 世界一のアニメーション企業の今まで語られなかったお金の話」(2019年)を読みました。
本書は、ピクサーで最高財務責任者だったローレンス氏が、あのスティーブ・ジョブズに声をかけられ、映画トイストーリーの公開、株式公開、そしてディズニーへの売却に至るまで関わった10年間について書かれています。
映画製作会社ルーカスフィルムのコンピューター部門を、スティーブ・ジョブズが買収し作ったのがピクサー・アニメーション・スタジオです。ジョブズから直接電話がかかってきて、著者さんはピクサーに呼ばれた訳ですが、内実は毎月の赤字をスティーブ・ジョブズのポケットマネーで補填している状態で、その金額は5000万ドル、60億円相当にもなっていたそうです。また、社員はジョブズのことをオーナーだけど仲間じゃない、裏切られたととても嫌っていました。なのにジョブズは上場会社にしたいと言います。もちろん、ジョブズが連れてきた著者さんも当初社員たちに全く歓迎されていませんでした。

そして財務状況を詳しく調べてみると、さらに困難な状況が浮き彫りになってきます。ピクサーの事業は、レンダーマンソフトウェア、コマーシャルアニメーション、短編アニメーション、そして、『トイ・ストーリー』というコードネームの長編映画と4本の柱だということが分かったのですが、どれも十分な収益に繋がらないことが判明します。特に、コンピュータアニメーションで制作している『トイ・ストーリー』は、4年近く前にディズニーとの合意で制作契約が結ばれていました。
ディズニーとの契約は悲惨なもので、ざっくりまとめると、以下のような感じです。
- 映画を3本作る契約で、3本目が公開された6カ月後に契約が終了する
- ディズニーに提示した映画のアイデアは、却下されたものも含め、契約が終了するまで他社に提示してはならない
- 契約期間中、ピクサーのアニメーション部門は、クリエイティブスタッフも含め、ディズニー専属とする
- 制作の費用は、定められた上限までであればすべてディズニーが負担する
- その上で、映画の収益から一定の割合がピクサーに支払われる(最終的にピクサーの懐に入るのは10%にも満たない額と判明)。
- ピクサーが続編を制作できるのは、続編の元となる本編を合意した予算で完成させ、さらに、ディズニー流の続編制作に同意するなど、さまざまな条件がすべて満たされた場合のみ
- 続編は、契約に定められた3本にカウントされない
これは、ハリウッド基準で作られた契約で、4年かけて『トイ・ストーリー』が完成したとしても、あと2本、つまり12〜13年間はこの契約に縛られる契約でした。また、 『トイ・ストーリー』が大ヒットしたとしても、続編を作るとすると、さらに契約期間が伸びる可能性があります。

ピクサーは上場後の1997年に、費用も収益もロゴの取り扱いもディズニーとピクサーで均等という再契約を結んだのですが、著者さんとジョブズが何度も議論を重ね、交渉の末そこに至った話には感動しました。
著者さんがピクサーに呼ばれたのは、上場のためだったのですが、ジョブズと対立する社員との間で著者さんは板挟み状態になります。今やピクサーと言えばブランドになっていますが、『トイ・ストーリー』も発表していない当時は、ただの赤字企業です。しかし、上場して資金を調達できなければ、事業を続けることも難しい状況でした。
IPOのためには、取締役を決め、投資銀行を探して、投資家周りをして、投資意欲を確認して、公開価格を決めなければいけません。IPOは『トイ・ストーリー』の公開週末と合わせて行われ、『トイ・ストーリー』の公開週末の興行成績は予想を大きく上回り、一株22ドルで売り出されたピクサー株の取引初日の終値は39ドル、会社の市場価値は15億ドル弱となるという大成功という結果でした。
本書の訳者さんも「選択肢をひとつでも選びまちがえたらバッドエンド直行としか思えない状況」と言っている通り、本当にハラハラドキドキな展開でした。
特に印象に残ったのは、エンドクレジットの話です。著者さんの熱心な交渉により、ピクサーのエンドクレジットには
thanks to everyone at pixar
who supported this production
(映画制作を支えてくれたピクサー社員に感謝する)
の後に財務やマーケティング、管理部門で働く社員の名前が登場するのだそうです。

また、『トイ・ストーリー』のエンドクレジットには「プロダクション・ベービーズ」という項目があり、映画制作中に生まれたピクサー社員の子どもの名前が登場するそうです。
私は、映画館ではエンドクレジットが終わるまで立たない派なのですが、もっとよく見てみたくなりました。本人や家族にしか関係のないかも知れませんが、社員一人ひとりを尊敬し、ここで働いて良かったと思える会社を作ろうとした著者さんの思いが見えてくる気がします。
実写の映画と違ってアニメというのは本当に大変な作業だということが本書を読んでよく分かりました。制作に4年もかかるというのも驚きとともに納得です。また、契約書には不測の事態や口出しの権限範囲、キャラクターの取扱い、派生物(テレビやミュージカルなど)の権利や責任についてなどなど多岐にわたるそうで、著者さんの弁護士としての経験が大きく活かされていると感じました。アニメーション映画というのは、様々な人々の苦労の上にできている作品なんだなと感慨深く、背景とか髪の動きとか、今度からもっとよ~く見てみようと思いました。
