今回は、「他人を攻撃せずにはいられない人」(2013年)を読みました。
本書を書いたのは精神科女医さんで、他人に攻撃され精神を病んでしまった人をたくさん見てきて書かれたのだろうなと分かります。
私は、攻撃欲の強い人と関わり病みそうになったことと、お前のせいで病んだと加害者扱いされた両方の経験があるので、本書の随所に見られる、半ば一方的な「加害者」=「悪」の書き方には違和感を感じました。病んで精神科医のところに行った人のことしか眼中にないと思わせる内容で、もっとその人の生い立ちや社会権力、社会構造といった広い視点から加害者、被害者の両方を見るようにすると、深い内容の本になったのではないかなと思います。
しかし、どのように「他人を攻撃せずにはいられない人」に気付き、身を守るのかについては参考になるし、自分の考えたことを書き残しておきたいなと思ったので、まとめようと思います。
著者さん曰く、攻撃欲の強い人は、他人を無価値化して、自分の価値を保ちたいのだそうです。相手を支配し、自分が優位に立つために相手を攻撃します。自分の価値観が唯一最良の基準だと思っているので、子どものしつけや教育、生き方や社会規範・社会正義までも、全て自分が正しいと思って相手に押し付けます。自分が誰よりも優れていて常に正しいと考える「自己愛の塊」のような人物だそうです。
一方、この自己愛は傷つきやすく、いつもは傲岸不遜な態度で覆い隠しています。自分に自信がないことも、決して認めません。自分が譲歩しなければならない、自分の間違いを認めなければならないような話し合いは、色々な口実を並べて避けたり、激高して回避しようとします。
私の知っている攻撃欲の強い人も、自分よりも弱い相手にだけ攻撃をして自分の意見を押し付けていました。家族や上司にこのような人がいた場合、なかなか逃げられず苦しいものですが、相手は案外弱い人間だというのは間違いないと思います。
本書に書いてある、攻撃欲の強い人が用いる7つの武器をご紹介します。

1.わからないふり
2.他人のせいにする
3.非難に動じない
4.疲弊させる
5.他人の価値を無視
6.ズレ
7.罪悪感をかき立てる
ここにはありませんが、私の知っている攻撃欲の強い人は「周りを巻き込む」が上手で、事実に嘘を上手に混ぜて周囲の人を操っていました。皆でターゲットになった人を無視したり、陰口を言ったりと、いじめを発生させるのが上手でしたね。大人になってもいじめがあるのかと、それはとてもガッカリしたものです。
ヤ○ザのような脅し文句を言ったり、「社会通念」を巧みに使って圧力をかけたり、「相互性」(何かを受け取ると借りがあるように感じる)につけこんだ要求をするというようなあからさまな攻撃は受けたことはありませんが、「忘れる」「何もしない」「遅らせる」といった受動的攻撃は、わざとなのか本当にうっかりしていただけなのか見分けがつきにくい場合もあるよなと思いました。
このような攻撃欲の強い人に気づく10の症状が書かれていましたが、個人的には「その人と話したあとは、いつも気分が下がる」というのが重要なサインだと思います。私自身も昔これで気づいて、その人と距離を取ったことがあります。

攻撃欲の強い人というのは、「あなたのためを思って」とか「そんなことはみんな知っている」といった言葉を使って、巧妙に悪いのはお前なんだと暗示をかけてきます。言われたその時は何とも思わなくても、これらの呪いの言葉は後からズシンと心に重しとなってのしかかってくるんですよね。
誰と話すと気持ちが軽くなって、誰と話すと心が沈むのかというのは、どんな人と付き合うのかを決める上でも大事なことだと思っています。
身近なあの人が攻撃欲の強い人だと分かったら、できるだけ避けるというのが最善策になります。転勤や転職、離婚や引越しが必要になったりと、大きく人生を方向転換しなければいけないかも知れません。
もし、避けられないのなら、相手をよく観察すると良いそうです。なぜ、こんなふうにふるまうのか?、一体何を恐れているのか?、何に対して劣等感を抱いているのか?をよく見るようにすると、おとしめたり惑わせたりする言葉も聞き流せるようになるそうです。過去と他人は変えられません。相手が変わってくれるかもというのは、絶対にありません。自分が変わるしかないということでした。
荒っぽいですが、私は一度その人と喧嘩してみるというのも良い方法だと思っています。できるだけ論理的証拠を集めて毅然とした態度で臨むと、相手は案外弱いので、それからは一切攻撃されなくなりますよ(笑)そんなところが、攻撃されても病まないし、加害者扱いされてしまうところなのかも知れませんけれど。
本書に出てくる攻撃欲の強い人は、過去記事「極端な人」と似ているけれど違うところもあると思いながら読みました。
「極端な人」も視野が狭かったですが、もっともっと自分だけの狭い世界に生きているのではないかなと感じました。
冒頭にも述べましたが、被害者も加害者も、一人ひとり所属する社会階層も立場も友人も経験も違います。ということは、考え方の癖や見えているものが違うし、同じ言葉でも受け取るものは違います。誰かが悪いというのではなく、相手を広い視点で(全人的に)理解しようとすることでお互いがお互いを理解し分かり合えないものかな〜と思いました。私はそんな世の中の方を目指したいですね。
